音楽史

ピアノを弾く人のための音楽史

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「ピアノを弾く人のための音楽史」

「音楽史」という大きな文化の歩みを学ぶのは、一生かけるような大仕事ですが、このシリーズでは、「ピアノを弾く人のための音楽史」というテーマで、ピアノを弾く時に役立つ最低限の知識に絞りお話しします。

音楽の趣味深い歴史を一緒に紐解いていきましょう。

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「音楽の起源」

今回は、「音楽の起源」というテーマでお話しします。

「音楽は、いつ、どこで、どのようにして生まれてきたか」という質問をされたら、あなたはどんなことを想像するでしょうか?

「音楽の起源」には色々な説があります。

例えば、遠い祖先の話す言葉が、より表現力を増して歌のようになったという説や、恋愛や求愛目的に歌ったり音を鳴らしたりしてアピールしていたのが発展してきたという説や、魔術や儀式など宗教的な行為から生まれたという説、労働や戦いの中、皆の呼吸を合わせるために生まれてきたなど、様々な説があります。

どれもがナルホドと思うながら、決定的な証拠があるわけでもなく、永遠に解くことのできない謎のようなテーマですが、少なくとも、こうした様々な要素が奇跡的に絡み合いながら、今日私たちが耳にする音楽は生まれてきたと思います。

私達が「音楽」と呼ぶものは、人間の営みの中で生まれてきたものであり、人間がいるからこそ、存在するのでしょう。

いつの時代もきっと「音楽」は人の心を動かすものであったのかな…と想像します。

あなたがピアノを弾く時、あなたの心はどんなふうに動いているのか、胸に手を当てて感じてみてください。

あなたがピアノを弾く時、聴く人の心が動く瞬間を感じとってみてください。

太古の人々が感じていたのと同じ、何かが感じられるかもしれませんね。

「音楽の起源」のお話はここまでです。



「楽器と音楽理論の発展」

「楽器と音楽理論の発展」というテーマでお話しします。

世界には数え切れないほどの楽器が存在しますが、楽器の歴史を観察すると、その土地ならではの素材や技術で作られていることがわかります。

また、時代が進めば進むほど、楽器は産業や工業技術の影響を大きく受け、その作りも複雑化されていきます。

とくに、私たちが演奏するピアノという楽器は人類の叡智と美学が詰まっている至高の楽器です。様々な地域から手に入れた自然素材を高度な技術で幾多の部品へと作り変え、さらに、絶妙なバランスの中、一つの楽器へと作り上げられております。

ピアノの歴史や構造などの詳しいお話しはいずれいたしますが、今回は、楽器というものは人々の生活環境、そして時代の大きな流れと密接に関わりながら発展してきたことを覚えておきましょう。

そしてまた、楽器という目に見えるものだけではなく、目には見えない「音楽理論」も、人類の歩みとともに大きく発展してきました。

私たちは生まれながらに「ドレミファソラシド」といった音の並びをはじめ、自然と美しさを感じる音色に囲まれておりますが、こうした美しい音色を見つけ出す過程は、人類にとても長い時間を要しました。

また、美しい音を発見するだけではなく、それらをどのように組み合わせ、並べていくと素晴らしい音楽になるのかという美学的追求も常に行われ、さまざまなセオリーが見つけられてきました。楽譜という音楽を目に見える形に記す技術もその中の一つといって良いでしょう。

無限の音の中から、一つの音楽作品を生み出す活動への飽くなき挑戦は、今日も世界中で行われ続けています。

そうした、挑戦へ関心を寄せることも、音楽を味わう喜びとなりますので、歴史に名を残した有名な作品だけではなく、様々な作品に積極的に触れてみてください。

「楽器と音楽理論の発展」のお話しはここまでです。



「古代ギリシアの音楽」

「古代ギリシアの音楽」というテーマでお話しします。

古代ギリシア文化は西洋文化の源と考えられますが、音楽も古代ギリシアで大きな発展を遂げます。

今日ミュージックと言われる言葉も、その大元は古代ギリシアに見て取れます。

古代ギリシアでは、詩と音楽と舞踊をセットにしたものをムーシケーと呼んでおりました。ミュージックの語源です。

古代ギリシアの音楽は、物事や出来事を語り継ぐ叙事詩にはじまります。例えば紀元前800年頃のホメロスの二大叙事詩、つまりトロイア戦争を題材とした「イーリアス」と、トロイア戦争後、オデッセウスのギリシアへの帰国を描く「オデュッセイア」などです。そこから次第に、個人の主観的な感情や思想を表現する抒情詩へと、トレンドは変わっていき、悲劇や喜劇が発展していきます。

叙事詩から抒情詩へと変わっていくと、次第に表現に用いられる音程の広さや技巧は幅広く高度になり、音楽が詩や踊りよりも目立つようになります。こうしてムーシケーから詩と舞踊の要素は薄くなっていき、ムーシケーが音楽を表すようになっていきます。

古代ギリシアの悲劇や喜劇では、合唱隊が重要な役割を果たしていましたが、次第に俳優の役割が強まっていき、音楽的な要素もなくなっていき、思想的論理的な考察が盛んになっていきます。様々な音階や音楽理論が生まれ、西洋音楽の土台ができ始めます。

古代ギリシアでは、神話や哲学、数学や天文学など様々な学問が発展しましたが、そうした学問の重要なものの一つに音楽は含まれ、人間形成のための音楽教育が行われたり、宗教や政治面においても人々の生活や時代へ大きな影響を与えました。こうして、古代ギリシアという時代の中で、音楽の重要性はますます増して中世へと繋がっていきます。

「古代ギリシアの音楽」のお話しはここまでです。



「中世の音楽」

「中世の音楽」というテーマでお話しします。

「中世の音楽」はキリスト教の誕生に大きく影響を受け、発展していきます。もちろん、世俗的な音楽も様々な変容を遂げていきましたが、まずは教会を中心にした音楽から見ていきます。

キリスト教が生まれた背景にはユダヤ教があります。ユダヤ教の音楽を重要視し、無伴奏の歌のみ用いる習慣や礼拝の形式などはキリスト教へ影響を与えました。

また、前回のお話しで触れた「古代ギリシアの音楽観」も「中世の音楽」へ引き継がれ、音楽は学問としてもさらに発展していきます。

「中世の音楽」で最も重要なものは、グレゴリオ聖歌」です。

グレゴリオ聖歌はローマ・カトリック教会の典礼音楽であり、今日まで受け継がれている、とても神聖なものです。大部分はラテン語で歌われ、単旋律・教会旋法で作られているのが大きな特徴です。最古の楽譜は9世紀ごろのものが存在し、中には16世紀に入ってから作られた旋律もあるので、約8世紀に渡って編まれたと考えられますが、このグレゴリオ聖歌は、中世以降も世界の音楽へ大きな影響を与えていくことになります。

というのも、このグレゴリオ聖歌の旋律を柱として、その旋律を飾る旋律を重ねたり、より充実した響きを与える和声的な声部を重ねる動きが出てくるからです。多声部の音楽の発展で音楽はより複雑となり、その複雑さを楽譜にわかりやすく記すために12世紀後半から13世紀にかけ、必然的に記譜法の発展が起こってきました。ちなみにこの時点でも、私たちが今日目にする小節線はまだありませんでした。こうして、教会を中心に音楽は発展していきますが、音楽表現の幅が広がるにつれ、歌われる内容もより人間的・世俗的となりはじめ、様々な音楽や音楽理論が生まれることになります。和音・和声・調性といったヨーロッパの音楽の基礎が芽吹きはじめたのです。

一方、中世の世俗的な音楽を知る手がかりはほとんど残されておらずですが、各地で活発な音楽活動はあったようです。

フランスでは、ジョングルールという旅芸人が各地を渡り歩き音楽活動をしていましたし、その中でも貴族の従者となって社会的な地位が上がった人たちはミンストレルと呼ばれました。さらに12世紀になると、騎士階級の人々が音楽的にも充実した作品を残すようになります。

こうしたフランスの音楽文化がドイツにも影響を与え、ミンネゼンガーと呼ばれる音楽家達が活躍しました。

しかし、こうした騎士階級の人々を中心とした音楽は、十字軍の遠征による騎士階級の没落などが原因となって衰退していきました。

そして、14世紀頃からルネサンスにかけて、ドイツではマイスタージンガーと呼ばれる一般市民の音楽活動が盛んになりました。ワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」にも取り上げられています。

「中世の音楽」のお話はここまでです。



 

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